「孤独は突然やってくる」コロナ禍が長期化する中、政府が対策に乗り出したのが孤独と孤立の問題だ。ただ、孤独かどうかは人によって感じ方が異なる面もある。私も、ある指標で計算したところ「孤独感が高い」と判定された。支援に向けて孤独を数値化する試みや、寄せられる声を可視化する取り組みが始まっている。(岩田純知)
2月中旬、一億総活躍担当大臣を務める坂本哲志の携帯電話が鳴った。
「あすの閣議のあと、私の所に来てくれ」
内閣総理大臣の菅義偉からだった。
翌日、総理大臣官邸の執務室を訪れた坂本に対し、菅は新たな担務を言い渡した。
「孤独・孤立の問題の担当をやってほしい」
菅は、新型コロナの影響が続いて人との接触の機会が減り、社会的な孤独や孤立の問題が深刻化しているとして、担当大臣を置くことを決め、坂本に白羽の矢が立った。
菅の判断の背景には、自殺者の増加が挙げられるという。去年1年間の国内自殺者数は2万1081人。リーマンショック直後の2009年以来、11年ぶりに増加に転じた。
とりわけ深刻なのは女性や子どもで、前年と比べると女性は15%、小中高生は25%も増加している。坂本は、菅が対策に乗り出した理由をこう語った。「コロナ禍で10年続いてきた自殺者の減少傾向が増加に転じたショックというか、衝撃がやはり大きかったのだろう。このまま放っておけば歯止めがかからなくなってしまうという思いが菅総理大臣の政治家特有の勘としてあったのではないか」
担当大臣に任命された坂本自身にも痛烈に孤独や孤立を感じた経験があるのだという。5年前の4月にみずからの選挙区で起きた熊本地震だ。熊本県益城町で2回にわたって震度7の激しい揺れが観測され、多くの犠牲者が出た。
「見渡せば、もう全く焼け野原と似たような状態で、家は崩れ、車を走らせれば山も崩れて、橋もなくなっている。『私の選挙区なので、責任は全部自分にかかってくる。どこから手をつければいいんだ』と、絶望感的な孤独感をまず感じた」
さらに、国や県と連携して復旧に東奔西走する中で、絶望に加えて、別の種類の感情も出てきたという。
「自分としては、国、県、町と一緒にやっているつもりだったけど、それ以外にいろいろな要望や要求が住民から出てくる。水の問題、子供の通学の問題、お年寄りの介護の問題。自分でも、やろうとしているんだけども、皆さんにどれだけ分かってもらえているのか、誰も分かってくれないという孤独感と孤立感」
そして、みずからの体験をもとに1つの思いに至った。
「『ある日突然、孤独感はくるな』と。全く自信を失ってしまって、どこに自分のすがる場所、居場所を探すんだと。こういうのが突然やってきて、今まであったものがすべて失われて、暗闇になったような。そういうのが本当に突然やってくるなと」
「孤独・孤立の問題に苦しむ人たちに寄り添い、支援する」
政府の方針は明確だ。支援策の具体化に向けて内閣官房に新設された担当室では、実態を把握するため政府が行うものとしては初めてとなる全国調査を実施することにした。
しかし、いきなり課題に直面する。『人によって感じ方の異なる孤独感をどう測るのか』という点だ。大勢でにぎやかに過ごすよりも、1人でいる方を好む人もいて、街では「お一人様」向けの店なども多く見かける。また、文豪や哲学者の名言で、孤独がしばしば人生に深みを与える“栄養”のように語られることもある。
当然、政府が、支援しようとしている孤独は、こうした孤独とは明確に異なる。
菅は国会で次のように答弁している。「新型コロナの感染拡大により“望まない孤独”の問題が、いっそう顕在化しているものと認識している」
坂本は、こう説明する。「孤独を好む人もいるだろうし、孤独でみずからを鍛えたいという人もいるかもしれない。それはそれで自分が進んで選んだ孤独だが“望まない孤独”は最悪の場合にはみずから命を絶つとか、反社会的なものに突き進んでいくとか、そういったものになり得る可能性がある」
望んだ孤独か、余儀なくされた孤独か、その線引きをどう判断するのか。内閣官房の担当室が着目したのが「UCLAの孤独感尺度」という指標だ。1978年にアメリカの大学が公表し、国際的にも広く使われているのだという。指標は、以下のような20の質問項目で構成されている。
「自分には人との付き合いがないと感じることがあるか」「自分は取り残されていると感じることがあるか」「自分は他の人たちから孤立していると感じることがあるか」
こうした質問に4段階の程度を回答して点数化し、孤独感を測る。点数が高ければ高いほど孤独だということになり、最も高いのが80点で、44点以上で「孤独感が高い」、28点未満で「孤独感が低い」と判定するのだという。
担当室から「UCLAの孤独感尺度」を入手し、私もやってみた。結果は45点。「孤独感が高い」と判定された。
実際にやってみて、初めて分かったことがあった。まず、数値化された孤独を突きつけられると、それなりにショックを受ける。
次に、否定したくなる。「孤独じゃありませんけど」と。
そして、孤独だと決めつけられた感覚に反発のような感情も湧いてきた。実は本当は孤独な状態なのに認めたくないだけなのだろうか。
総理大臣の一挙手一投足を追う、各社の“総理番”の記者を中心に、孤独感尺度が静かなブームとなった。17人が試みて「孤独感が高い」と判定された記者は、私を含め5人だった。
「これ、インチキだね」「謙虚な人ほど、孤独感が高く出るに違いない」「選択肢を選ぶときは彼女のことが思い浮かんだ」など、さまざまな意見や感想が出た。
内閣官房の担当室は、この指標をもとに全国調査の質問項目などを検討している。どのようなことばで質問するのか、質問の項目数によって結果が左右されるのではないかなど、12月の調査開始に向けて、かんかんがくがくの議論が続いている。
坂本は次のように話した。「定義を決めてしまうと必ず漏れる人が出てくるので、概念的なものでくくっていった方がいいのではないか。幅広に孤独・孤立というものを考えた上で、対策をとっていった方がいいというのが私の考えだ」
政府は、NPOなどの民間団体との連携も重視している。「子ども食堂」や「フードバンク」を運営する団体への財政支援を行っているほか、行政と民間の橋渡し役として、元・厚生労働事務次官の村木厚子氏と、NPO法人理事長の大西連氏を担当室の政策参与に起用した。現場を知るNPOなどの力を借りながら支援対象にアプローチするのが狙いだ。
一方のNPOは、現状をどう捉えているのだろうか。
自殺などを防ぐため、24時間、チャットで相談を受け付けているNPOがある。大学4年の大空幸星が代表を務める「あなたのいばしょ」だ。去年3月の立ち上げ以来、取り扱った相談件数は4万件を超える。
大空は、コロナ禍の長期化に伴い相談の内容も深刻さを増していると指摘する。
「3回目の緊急事態宣言下では、去年初めて宣言が出された時と比べると、生活やお金に関する相談の占める割合が倍以上となっている。『あす、どうやって食べていけばいいか分からない』という相談も確実に増えている」
NPOは、精神科の医師や臨床心理士といった専門的な知識を持つ人から、地方議員や学生など幅広い分野の人にボランティアで相談員をお願いしている。また、自殺者が多い時間帯の深夜に相談に応じられるよう、海外の14か国にいる日本人の相談員が、時差を生かして日本の深夜の時間帯をカバーしているのだという。
最近は1日に寄せられるSOSが、およそ600件にのぼるという。NPOは、相談内容に含まれるキーワードを世代別に分類、可視化する作業を続けていて「ワードマップ」と呼んでいる。10代で顕著なのは「親」「学校」「クラス」「先生」20代では「お金」「精神」「仕事」などが目立つ。
30~40代は「夫婦関係」、シニア層は「心の病気」に関するキーワードが増える。「ほぼリアルタイムに何が起きているのか、日本の状況を把握できる貴重なデータで、緊急事態宣言下で、子どもにどんな影響が出ているのかとか、会社員の女性は何に悩んでいるのかとか、ピンポイントで見ることができる」
大空は、現場で集めた生の声を行政やほかのNPOなどと共有し、対策に役立てていくことが必要だと考えている。
「誰かに頼ることを“恥”だとか“負け”みたいに感じて、みずから声を上げられない人たちがたくさんいる。助けを求めることが難しい人の声を可視化することによって、具体的な国の制度や取り組みに生かしていかなければならない」
担当大臣の坂本も、NPOのノウハウやデータの活用に意欲を見せる。
「自殺防止対策でも、それぞれのNPOで、やり方がかなり違う。今後、どういう形で、データの交換が可能なのか、あるいは、緩やかなNPOの連合体という形だったらできるのか。こういったことを考えていきたい」。
一方で、予想していなかったところからの反響もある。坂本には海外メディアからのインタビュー取材が相次いでいるのだ。
「インタビューを聞きながら、やはり共通していることは、みんなが殻にこもりだして、内向きになって、それが閉塞感になり、心理的な悪影響が全世界に何かの形で広がってるんだなと」
「韓国の記者のインタビューでは、日本と同じように儒教的な『苦しいこともしっかり我慢する』とか、アメリカでは、社会の分断とか、共通のものがあって、その国々の特有のものもあることを強く感じた」
これまでに、ロシア、スペイン、韓国、アメリカの4か国の記者の取材に応じた坂本は、世界共通の課題に各国が連携しながら対処し、各国が抱える個別の課題にはオーダーメードの対策を講じていくことの重要性を実感したという。
そして、さらなる解決に向けた糸口を探ろうと連携を模索する相手がイギリスだ。
イギリスは3年前、世界に先駆けて「孤独担当相」を設置した。当時のメイ首相は、孤独は現代社会の悲しい現実だとした上で、高齢者や介護者、家族を亡くした人などが抱える孤独を解消するため力をあわせようと訴えた。国を挙げていち早く対応に乗り出し、孤独の問題を語り合う啓発週間が設けられているほか、小中学校のカリキュラムに孤独についての学習が盛り込まれているのだという。坂本は、いわば孤独問題のパイオニアとも言えるイギリスの担当相と、6月中旬にオンラインで会談し、共同のメッセージを発表することを検討している。
政府の孤独・孤立対策は、緒に就いたばかりだ。一方で、コロナ禍は、依然として予断を許さない状況だ。
坂本に問題に向き合う決意を尋ねた。
「テクノロジーがどんどん進化し、個人の生活は便利になるが、一方で格差も広がり、社会的な弱者や孤独感に陥る人が確実に出てくる。経済成長の反作用として出てくるものに対し、どう手を差し伸べていくのかが政治の役割になってくる」
「NPOを含めた民間の意見を政策決定の過程で取り入れ、各省との会議を活性化させて、横のつながりを強めていくことによって、これまでとは質的に違った政策を打ち出せるのではないか」
コロナ禍を機に孤独や孤立に悩む人たちに寄り添い、真に必要な支援を打ち出せるのか。政権の本気度が試されることになる。(文中敬称略)