「とても味気なくて期待外れでした」。ロンドンを拠点とするソフトウェアエンジニアリングコンサルタントのルース(仮名)は、9月初旬まで勤めていた職場での最終日のことを、そう表現する。
送別の乾杯は、現実世界でもインターネット上でもなかった。そしてルースは退職を知らせるメールを送信してから、最後の不在通知メールを設定した。
「会社のためにかなり無理をして働いていたので、退職するのは後味が悪かったんです。それでも正しい決断をしたと思えましたが、ひと区切りついたという気分にはなれなかったのです。こういうときはたいてい、そんな気分になるはずなのですが」
こうして気持ちに区切りがつかないまま、ロンドンのオックスフォード・ストリートをウィンドウショッピングしながら当てもなく歩き回り、ルースの1年半のキャリアは終わった。
公共政策を担当していたジェームズ(仮名)は昨年5月に退職したが、退屈なパーティーからそっと出ていくような気分を最終日に味わったのだと語る。
「こそこそと抜け出して、誰にも何も告げないわけですからね」と、ジェームズは言う。「最後の最後にしたことは、上司へのメールの送信でした。人事プロセスについていくつかの懸念を伝えたのですが、返信はありませんでした」
そして宅配業者が仕事用のノートPCを回収しに来たあと、ジェームズはサウスロンドンのアパートメントから“安全な場所”を求めて旅に出た。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が始まってから、ジェームズは1ベッドルームの部屋のキッチンカウンターからずっとリモートワークを続けていた。それは新しい仕事に就いて、パートタイムで働いているいまも同じだという。
「夕方5時にノートPCを閉じてから5分後にはクルマに飛び乗っていて、そのままロンドンを出て4週間ほど帰ってきませんでした」と、ジェームズは語る。「家にいるのは、もううんざりだったのです」
ルースもジェームズも、コロナ禍という“大退職時代”に巻き込まれた多くのリモートワーカーのひとりである。数カ月前に退職したものの、職場を去る日にねぎらわれることもなく傷心し、気が滅入る思いをしたのだ。
コロナ禍に退職した人々に『WIRED』UK版が取材したところ、職場での日々が社内のメッセージシステムから締め出される前に同僚が送ってきた絵文字で終わった人もいれば、メールやチャットの機能が遮断されて初めて「時間切れ」になったことに気づいた人もいた。自分のデスクで泣いたり、会社の倉庫に逃げ込んでしまったりした人もいた。
全員に共通することがひとつある。それは退職の際に気持ちに区切りをつけるチャンスが、リモートワークによって奪われたと語っていることだ。パンデミックの影響で英国では4人にひとりが退職を考えているという現在、リモートでの勤務を納得いかないかたちで辞めることが主流になる現実的なリスクがあると、専門家はみている。
カリフォルニアのテック企業で働いていたサンドラ(仮名)は最終勤務の日、いよいよ最後の時間が近づいてきたときに同僚がZoomで送別のメッセージをサプライズで送ってくれるものと思っていた。ところが午後5時を過ぎたとたん、PCの画面に何も表示されなくなってしまったという。
サンドラによると、パンデミック前から社内にあった“派閥”をつくるような動きが、「完全なリモートワークの体制になって100倍ひどくなった」という。