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【深層心理の謎】人は大量の情報に晒されると〝脳が切り替わる〟というのは本当か?

書かれた 沿って notbook

ひとまずなんとかなりそうだ――。一時はどうなることかと焦ったが、開き直って腰を据えて取り組めばどうにかなったりするものだ。懸案だった作業を終らせることができたし、少し歩いて頭を冷やすことにしよう。

“ひと仕事”終わらせて夜の山手通りを歩く

昨年末から急に冷え込むようになり、年明けも寒さが続いている。北国の人からすればどうということのない寒さなのだろうが、東京の人間からすれば真冬という肌感覚だろう。特に日が沈んでからは身体の芯から冷えてくる。

東中野駅近くの某チェーンのカフェを出て、山手通りを歩いていた。さっきまでいたカフェではノートパソコンで少しばかり作業をしていて、それなりの時間を費やしてしまった。もう夜8時になろうとしている。ともあれ通りの広い歩道を落合方面へ向かって歩く。

※画像はイメージです(筆者撮影)

カフェにいたのはほかでもなく仕事上の作業だ。急に決まった記事作成の仕事で、参照文献として最近アメリカで公開された1960年代の文書にあたる必要が出てきた。文書はすべてネット上で閲覧できるので、手が空いた時に少しずつ見ていたのだが、いかんせん数が多い。200点あまりもあるのだ。

納期と記事の性質を考えるととてもじゃないがそれらの文書を1つ1つ精読しているわけにもいかない。それでもザッと目を通しておく必要はどうしてもある。1つ1つの文書はほどんどが簡潔な報告書なので、細切れの時間で見ていくよりは、どこかのタイミングで一度腰を据えて取り組んでみたほうがよさそうだった。

落合の交差点までやってきた。ここから東京メトロ東西線に乗る選択もあるが、もう少し先へ進むことにする。真冬の寒さではあるが風はないので歩き続けても何の問題もない。

今日は昼に中野界隈で所用があったのだが思いのほか早く終わった。ノートパソコンを持参していたこともあり、どこかのカフェに入って件の文書に目を通してみることにしたのだ。

そこでJRを東中野で途中下車して、近くのカフェに入って作業に取りかかってみたのだが、これが思っていた以上にうまくいった。たまたまなのだろうが店内はお客が少なくて、集中して文書をチェックすることができた。作業の終了までに費やした時間は1時間半ほどである。まずはホッと一安心だ。

懸案の作業を終え、ともあれ頭を休ませるためにも少し長めに歩いてみたくなった。時間も時間なので部屋に戻る前にどこかで“ちょっと一杯”にしてみてもよいのだろう。山手通りの陸橋にさしかかり、脇の階段を降りることにした。陸橋の下は中井駅界隈となる。駅周辺のどこかの店に入ってみたい。

※画像はイメージです(筆者撮影)

大量の情報に晒されると脳が“切り替わる”

カフェでは思いのほか仕事が捗った。部屋に戻ってから手掛けていればこれほど作業は進まなかったようにも思えてくる。普段と異なる場所で取り組むことで、新鮮な気分で作業を進められたとも思うが、いつもよりも頭が冴えていたようにも感じる。パソコンのディスプレイ上で大量の文書を目にすることで、なんだか脳が“切り替わる”ような感触があったかもしれない。

もちろん普段自室で仕事をしている時も決して怠けているわけではないが、怠けていなくともなかなか“切り替わる”のは難しいかもしれない。

ではどんな時に脳が“切り替わる”のか。最近の研究では我々の脳は大量の情報に晒された時に“切り替わる”ことが報告されていて興味深い。そして“切り替わる”ことでよりフレキシブルな思考や意思決定が可能になるというのである。


人間の意思決定は複雑な情報の柔軟な処理に依存していますが、脳が処理を瞬間的なタスクの要求にどのように適応させているのかは不明なままです。

【深層心理の謎】人は大量の情報に晒されると〝脳が切り替わる〟というのは本当か?

学術誌「Nature Communications」に掲載された新しい記事で、マックスプランク人間開発研究所の研究者は、脳のネットワークは増加した情報の処理が必要な時に、リズミカルな状態から「ノイジー」な状態に迅速かつフレキシブルに移行する可能性があることを明らかにするいくつかの重要な神経プロセスを概説しました。

「『ノイジー』な状態は、人間の脳での柔軟な情報処理を可能にするかもしれません」

※「Max Planck Institut」より引用


独・マックスプランク研究所の研究チームが2021年4月に「Nature Communications」で発表した研究では、処理すべき情報が増えて不確実性が高まると、大脳皮質ネットワークの活動が調和のとれたリズミカルな状態から一種の興奮状態である「ノイジー(noisy)」な状態に移行し、神経調節性の覚醒度が高まることを実験を通じて明らかにしている。

たとえば何気なく自動車を運転しているだけでも、ドライバーは周囲の状況や信号や標識などを逐一確認しつつ大量の情報を処理しているのだが、それが毎日の通勤ルートである場合などは運転の大半はパターン化した動きになっているだろう。当然こうした運転では脳はあまり変則的な活動をすることなく、リズミカルに調和のとれた活動を見せている。

しかし旅先でレンタルした今まで乗ったことのない車種の車で、しかも一度も走ったことのない道に乗り出して運転する場合、処理しなければならない情報が飛躍的に増え、自分を取り巻く状況には“不確実性”が増してくる。この時、我々の脳活動は多くの情報を柔軟に処理するためにそれまでのリズミカルな状態から「ノイジー」なモードにすみやかに移行していることが今回の研究で報告されているのだ。つまり多くの不測の状況に直面することで脳が“切り替わる”のである。

そしてこのノイジーな状態になることで、脳が複数の情報源をより受け入れやすくなる可能性が高まり、環境の要求に応じてより良い意思決定を下すことができるようになるということだ。

普段の仕事環境で脳がリズミカルに活動している時とは違い、カフェで開いたノートパソコンから大量の情報をチェックしたことで脳がノイジーな状態に移行して思いがけずに作業が捗ったということになるのだろうか。そして脳が“切り替わる”ことで普段の仕事ぶりでは得られにくい柔軟な解釈や着眼点などがもし獲得できたとすれば願ったり叶ったりである。

メニューの多い店で普段食べない一品を賞味

山手通りの陸橋の脇の階段を下りて中井駅前までやってきた。ちなみに中井駅は都営大江戸線と西武新宿線の2駅に別れていて、相互の乗り換えには少しばかり商店街を歩いて移動することになるというやや珍しい駅だ。

乗り換え客も通る駅前通りの一帯は「ちょっと一杯」できる店がそれなりの数、軒を構えていて、メインの通りに繋がる路地にもけっこう飲食店があり老舗の店も少なくない。

※画像はイメージです(筆者撮影)

中井駅の南口に接する一帯には入りやすいチェーンの飲食店もそろっていて、町中華チェーンの別業態である焼き鳥店もある。ちょっと立ち寄るには格好の店だ。入ってみよう。

打ちっぱなしのコンクリートの壁に囲まれた店内は意外にも広い。小さなテーブルがいくつも並んでいて、なんだか塾やカルチャーセンターの教室のようでもある。飲食スペースと調理場を隔てる区画には天井から大型液晶テレビが架かっている。一人客が滞在しやすいレイアウトで実際に一人客が多い。

入口で手指の消毒を済ませ、壁沿いの席の1つに着く。すると店の人から“タッチペン”と称される小さめのニンジンくらいの大きさの棒状の機器を渡される。この機器の先端には光学的な読み取り装置がついていて、各席に置いてあるラミネート処理されたメニュー表の注文したいメニューにペンの先端をタッチさせると音声が流れて注文が完了するというユニークなシステムになっている。子ども向けの英語の教材にありそうなシステムだが、この店以外の飲食店では見たことがない。

このタッチペンを使ってさっそく注文をすることにし、まずはメニュー表に記された「ウォッカソーダ割り」をタッチする。

「ご注文、ありがとうございました!」という女性の音声がタッチペンのスピーカーから流れてくる。さて、酒の肴をどうしようか。

……メニューが実に多い。焼き鳥の店なのだから焼き鳥をメインに注文すればよさそうなものだが、壁に架かったボードに記された「本日のおすすめ」には肉じゃがや牛ハラミ焼き、ナスの天ぷらやおでんもある。小松菜のおひたしなどの箸休め的なメニューも充実していて目移りするばかりだ。メニュー表の定番以外の料理が目白押しで、まさに情報の洪水である。店内の壁のボードや短冊で記されている定番外メニューには番号が割り当てられていて、メニュー表に記された番号表からその番号を選んでタッチすることになる。

もたもたしているうちにウォッカソーダ割りがやってきた。こうなれば焼き鳥にこだわらずに普段あまり食べられないような料理を頼んでみたい。まさに頭を切り替えて落ち着いて検討してみよう。大量の情報を前にして脳を「ノイジー」モードにするのだ。

普段使いするような店ではまずお目にかからない「台湾腸詰め」を注文してみることにした。さらにこれもあまりお目にかかれない「焼きさばおろしポン酢」も追加する。

※画像はイメージです(筆者撮影)

さっそく料理がやってきた。何はともあれ台湾腸詰めをひと口食べてみる。前回食べたのはいつだったのか、まったく思い出せないのだが、確かにこういう味だったと思い返す。これが食べられただけでも来てよかったというものだ。そして多すぎるメニューという情報の洪水に直面して頭が切り替わり、焼き鳥にこだわらない柔軟で面白味のある選択ができたのかもしれない。

そうだとすれば今日は2回も脳が「ノイジー」モードに切り替わったことになる。自分をねぎらうためにも少しゆっくりしていこう。さて、次は何を注文しようか……。