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医者が患者さんにカルテを見せたくない理由 医師の本音

書かれた 沿って notbook

寒い冬がやってきました。11月なのに雪が降ったり、インフルエンザの流行が早くも始まったりと、なにかと体調を崩しやすい季節です。

さて、皆さんは一度は病院にかかったことはあると思います。そこで医者やナースが書いている「カルテ」ってあんまり見せてくれませんよね。「あのカルテにはいったいどんなことが書いてあるんだろう」と思ったことはありませんか?もし患者さんが自由に自分のカルテを見ることが出来るようになったら、どうなのでしょう。医者であり毎日カルテを実際に書いている筆者が、ちょっと本音をお話しましょう。休日の退屈しのぎに、またほんのちょっとした雑学にどうぞ。

カルテは、日本語では正式には「診療録」と言います。医師などが診療した内容を記録するもの、という意味ですね。「カルテ」という言葉はもともとドイツ語のkarte(紙)という言葉が語源になっているそうです。英語のcardと同じですね。

筆者は病院の外科に勤める勤務医ですから、病院でカルテを毎日書いています。しかし、患者さんには特別な開示の請求があったときを除いて、基本的にはお見せしていません。病状の説明の時にCT検査やレントゲン、採血検査など検査結果をお見せする時だけです。

しかし、カルテに書かれている内容はあくまで患者さんのこと。患者さんからしてみれば、「自分のことが書かれているのになぜ見ることが出来ないのだ」という疑問が浮かびます。筆者はそういう疑問の声を耳にしたため、この記事を書くことを思いつきました。

実は、カルテは暗号だらけです。筆者が医学部生で初めて病院で実習をすることになりカルテを読んだ時には、書いてある内容の半分も理解が出来ませんでした。ですから一般の方が読んでも、理解出来るのは同じくらいだろうと思います。とにかく略語が多く、その略語も科によって全く違うものです。

一例をあげましょう。「MR」という略語、これは精神科医や小児科医には精神発達遅滞(Mental Retardation)、放射線科医にはMRIという検査の略、循環器内科医には僧帽弁閉鎖不全症(Mitral R egurgitation)、そして全医師に共通して製薬会社の医療情報担当者(Medical Representative)などといろいろな意味を持ちます。

筆者はしばしば他の科の医師が書いたカルテを見ることがありますが、同じ外科であればまだ意味は通じますが他の科だと略語でわからないことが良くあります。

そして例に挙げたように、使われる単語は英語だけではありません。我々外科医は好んでドイツ語(もどき)を使います。ですから、英語やドイツ語に堪能な方がカルテを見てもやっぱり意味は通じないことになります。

筆者は大学時代に臓器の名前などをドイツ語とラテン語でも暗記しましたが、それでも医者になってから外科医のカルテは難解でした。例えばキズから膿が出ていることを「pus+」や「eiter+」などと書きます。どちらも膿という意味で、「+」は「ある」とか「陽性」とかいう意味になります。おそらくこれは外科医以外の医師は知らないと思います。

そして恐るべきことは、英語とドイツ語のドッキングした和製英独語?のようなものも多々あるということ。「マーゲンチューブ」という単語がその最たるもので、「マーゲン」は胃、「チューブ」はそのままチューブという意味です。直訳すると「胃のチューブ」で、これは鼻から胃まで入れておくチューブのことを指します。日本語では正確には「経鼻胃管」、英語では「nasal tube」などと言います。

昔は「医師の悪筆」と言って、字が汚すぎて指示が間違って看護師さんに伝わったりすることも多々ありました。今でもたまに古いカルテを取り出して読むと、「解読」に時間を要することがあります。

最近はカルテと言っても、「電子カルテ」という医師がパソコンに入力していくものがかなり普及してきました。以前の紙に書いていたカルテは「紙カルテ」と言いまして、たまに「電子カルテ」しか知らない世代の若い医師のために、災害時などでサーバーがダウンした時の訓練として「紙カルテ」講習があるくらいです。

今では電子カルテのおかげで誰が入力しても大変読みやすくなっています。ご高齢の医師が、両手の人差し指1本ずつでぽち、ぽちとキーボードを叩いているのを見ると切なくなりますが。

電子カルテには、書くお作法が存在します。SOAPという方法で、こんな具合です。

S 今日はだいぶ調子がいい。食欲も出てきた。歩く練習もしてみます。

O BT 36.5度 HR 70BP 130/74食事8割摂取 排便1回

A 術後の経過は良好。食事摂取の量も安定してきた。

 医者が患者さんにカルテを見せたくない理由 医師の本音

P リハビリ継続。点滴は終了とする。

これは日本全国どこへ行っても同じで、大きい病院などではかなり普及しています。

S(Subject)は患者さんが実際に言ったこと、O(Objective)は体温や血圧のような客観的なデータ、A(Assessment)は評価、P(Plan)は計画です。

このシステムで、一見複雑な絡み合った患者さんにまつわるデータをバラバラにし、見やすくするのです。これは読みやすいですよね。

以上見てきたように、カルテには難解な用語が多数出現し、同じ医師であっても専門が違えば理解出来ないようなことになっています。それではあまり良くないので、なるべく略語や自分たちにしか通じない用語は使わないようにということになっています。カルテは診療の記録をつけ、時に見返して患者さんの治療の検討に使ったりするというものであると同時に、公的な文書という側面も持ちます。医療事故や医療ミスが起きた際には、証拠として使われるのです。

ここで一つの疑問が生じます。「治療をしながら、患者さんも自分のカルテにアクセスしてリアルタイムに見ることは不可能か」という疑問です。リアルタイムでなくても、外来通院ならば3回に1回、入院中ならば1週間に1回お見せしても良いのではないか、とも考えられます。

これが現在行われていない理由を考えると、この3つが考えられます。

1, カルテだけをお見せしても意味不明だから

2, 治療に悪影響が及ぶ可能性があるから

3, ミスがあっても隠せないから

「1, カルテだけをお見せしても意味不明だから」

これはこれまで説明してきた通りです。それよりは医師が直接対面して検査結果などをお見せしながら説明した方がわかりやすいですね。現に、病院ではそのようにしています。

「2, 治療に悪影響が及ぶ可能性があるから」

これはちょっとピンと来にくいでしょうか。カルテには治療上必要のないことは書かないことになっていますが、誰しもが「極めて厳しい」や「要注意」などの文字を見たら不安になるでしょう。説明を十分にしない状況でそういう文字だけを見た場合、いたずらに不安をあおってしまう危険性があります。しかし、もしかするとそれも含めて、患者さんが希望する場合には開示するということも考えていかなければならないかもしれません。ただ、医師は「患者さんが見ている」と思うと書けなくなることがあります。それは「最悪の事態」や「良くない可能性」などです。医師はいつもそれらを念頭に置きつつ治療に当たっていますが、そんなことを書いたら患者さんはパニックになってしまうかもしれません。とても難しい問題です。

これに関連して、厚生労働省が出している指針のなかの「カルテの開示を拒否しうる場合」として、「症状や予後、治療経過等について患者に対して十分な説明をしたとしても、患者本人に重大な心理的影響を与え、その後の治療効果等に悪影響を及ぼす場合」とあります(※)。こういう場合にはカルテを見せない方が良いという場面もありますよ、ということです。

「3, ミスがあっても隠せないから」

これはあってはならない理由ですね。今の電子カルテではかなり詳細な記録が残りますから、カルテを改ざんなどしてミスを隠ぺいすることはほぼ不可能です。「白い巨塔」ではありませんが、「紙カルテ」時代に行われたカルテの書き換えなどは電子カルテではシステム上絶対にできません。電子カルテでは、誰が、いつ、どのパソコンで、それを記載したかまで全て記録されているからです。

そうは言っても、いつか未来、患者さんも自分のカルテを自由に見て、記載に参加する時代が来るかもしれません。それが医療のクオリティを上げ、医師と患者さんのあいだのギャップを埋めることになるのかもしれませんね。あらゆる業界で透明性の向上や情報公開が進む中、医療業界もこんなことを考えていかねばなりませんね。

(参考)

※診療情報の提供等に関する指針

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html