アニメ好きを公言する
取材
JR武蔵境駅にやってきました。実は武蔵野市は、多くのアニメプロダクションや制作スタジオがあることでも知られている街。市内にはJ.C.STAFFのほか、スタジオディーン、STUDIO4℃、スタジオポノック、タツノコプロ、Production I.Gなども社屋を構えています。
鶴房汐恩
鶴房さんが持っているのは、第1回のインタビューでお渡ししたノートと観察用ボード。今日の取材でアニメプロデューサーの仕事に役立つことを学んだら、このノートに随時メモしていっていただきます。
駅から歩いて約1分、J.C.STAFFに到着です。J.C.STAFFは社員197人で、ビルの4フロアを使用。制作管理から、原画、動画、仕上、美術、撮影、CGまで、アニメ制作に関する作業を社内ですべて行っています。ほかのアニメ制作会社では一部業務を完全委託することも多い中、これは大変珍しいことだそうです。
まずは会議室で軽く打ち合わせ。壁の棚にはJ.C.STAFFが手がけた歴代作品のパッケージがずらりと並んでいます。鶴房さんにこの中で視聴済みの作品を聞くと、1つひとつ指を差して教えてくれました(※)。中でも「さくら荘のペットな彼女」は人生で2番目に観たアニメで、ヒロインの椎名ましろがお気に入りキャラだそうです。
※視聴済み作品:「ウィッチクラフトワークス」「監獄学園」「この素晴らしい世界に祝福を!」「斉木楠雄のΨ難」「さくら荘のペットな彼女」「殺戮の天使」「食戟のソーマ」「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」「通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?」「デート・ア・ライブIII」「とある科学の超電磁砲(途中までの視聴)」「とある魔術の禁書目録」「とらドラ!」「緋弾のアリア」「ワンパンマン」
今日見学させてもらうのは、テレビ東京系列で毎週日曜日に放送されているTVアニメ「ミュークルドリーミー みっくす!」の制作現場です。普段は異世界転生もののアニメがお好きという鶴房さん。少女向けのアニメはあまり馴染みがないかと思いきや、妹さんがテレビで観ていたため「プリキュア」や「アイカツ!」シリーズは自然と目に入れていたとのこと。ストーリーやキャラクターの予備知識を学んだうえで、さっそく各部署を巡っていきましょう。
アニメ制作の全体を統括し、予算、スケジュール、スタッフの管理などを行う部署である。J.C.STAFFでは1つの作品を作るにあたり、プロデューサーおよび制作担当、進行チーフ、制作進行からなるチームを複数構成。各チームで担当話を決め、ローテーションを組んで作品を完成まで持っていく。
制作部に来てさっそく、前回の取材でお話ししたアニメプロデューサー・松倉友二さんと再会。制作部の本部長でもある松倉さんの席は、部内を見渡せるフロアの一番奥にありました。松倉さんの席に座らせてもらうことになった鶴房さんですが、辺りの床には紙袋や段ボールがいっぱいで、椅子にたどり着くのにも一苦労。机の上にもアニメの原作小説やマンガ、資料が山積みになっています。
鶴房汐恩 これ、何年前の水ですか?
松倉友二 あれっ、消費期限いつだろう。
鶴房 2020年6月って書いてありますね。
松倉 あらら……(笑)。
鶴房 でもわかります、僕も整理整頓は苦手なので。ほかにも見ていいですか?
松倉 どうぞどうぞ。
鶴房 この小説もめっちゃ気になるんですけど、次クールのアニメになるものですか? タイトルの時点でもう絶対に異世界ものですよね。
松倉 そうそう、異世界もの。まだ企画の段階だからタイトルすら公に言えないんだけど、きっと3年後くらいに皆さんの目に触れることになるかな。
鶴房 3年後! 楽しみにしてます。
こちらは松倉さんと同じく、プロデューサーの藤代敦士さん。普段どんなお仕事をしているのかを具体的に伺っていきましょう。
藤代敦士 大まかに言うと、納品までの全体的な進行管理です。例えば脚本の方からシナリオが上がってきたら、絵コンテ(映像のイメージを絵と文字で表した設計図のようなもの)を発注します。その絵コンテを監督にチェックしてもらったら、今度はレイアウト(絵コンテをもとに描かれた画面の構図)の発注にかかります。作品が始まるタイミングだと、どういうスタッフを配置するのかを監督と相談しながら決めるという仕事もありますね。
鶴房 絶対忙しいですよね。前もテレビ番組のロケでほかのアニメ制作会社さんに行かせていただいたんですけど、すごい切羽詰まってたみたいで現場の雰囲気がピリピリしてて。やっぱりアニメ業界って時間に追われてるというか、朝から晩まで働いてるイメージがあります。
藤代 確かに納期近くのタイミングだと夜遅くまで仕事することはありますけど、徹夜とかはもうほとんどないですね。たぶん世間的には「アニメ業界って何日も寝られなさそう」みたいなイメージがあるかもしれないですけど、最近は働き方改革の流れもあってか業界全体が変わってきている気がします。うちも定時は10時から19時までで、どんなに遅くても12時には会社を閉めちゃいますね。
鶴房 へえ、勉強になります。ブラックと思われがちやけど、そうじゃないんですね。
作品をスケジュール通りに完成させるため、ときに制作部では締め切りを過ぎてしまったスタッフに催促をしなければならないことも。今日は鶴房さんに、制作部のスタッフという設定で催促電話のシミュレーションを行っていただきます。
鶴房 うわー、ちゃんとしゃべれるかな。電話ってほぼマネージャーとぐらいしかしないんで。あと水道業者の人とか。
藤代 僕が催促するとしたら、「作業状況どうですか? あと何カット上がってないんですけど……」みたいな感じですかね。優しすぎても舐められますし、かといって厳しすぎてもいけないですし。そこの匙加減はちょっと難しいと思います。
鶴房 わかりました。
鶴房 「あ、もしもし。J.C.STAFFの鶴房ですけど、この前言っておりました『ミュークルドリーミー』の30カット分どうですかね? 一応、期限から5日ぐらい過ぎてるんですけど……。あ、まだですか? どのくらいかかったりします? 僕たちもけっこう切羽詰まってて、巻きでやってもらわないと困るんですよ。さすがに僕たちも仕事進まなくなるんで、寝ずにでもやってもらわないと。明日中とかいけたりしますか? はい、お願いします」……どうですか?
藤代 え、やったことあります?(笑)
鶴房 あはは!(笑)
藤代 実際もまさにこんな感じです。寝ずにやってもらわないと困りますと言ってましたけど、そのぐらい危機的な状況なんだってことが伝わってとてもよかったです。まあ現実的に寝ずにやったらできる量なのかっていうところはちゃんと計算して言う必要があるんですけど、そこは経験でわかってくるところなので。いやあ、もういつでもうちの部署来れると思いますよ。
鶴房 ありがとうございます(笑)。電話の相手の人もがんばるって言ってはったんで、もうすぐ残りのカット届くかなと思います。
制作部の中でも設定制作と呼ばれるスタッフは、キャラクター設定、美術設定、色彩設定の発注と管理を行っています。「ミュークルドリーミー みっくす!」の作画注意事項には、ぬいぐるみたちの瞳が寄り目だったり、白目がまったくなかったりするものはNGと書いてありました。
ぬいぐるみの身長までしっかり決められているのには鶴房さんもびっくり。「ミュークルドリーミー」の場合は人間とぬいぐるみで大きさがかなり違うので、例えば人間の足元だけを映した構図だと、ぬいぐるみのパースを取るのが大変になってしまうそうです。
制作部以降、作画部、仕上部など実際の制作を担う部署は“セクション”として括られる。部署やスタッフ間での綿密なコミュニケーションが必要不可欠である制作部に対し、1人で集中する時間が大事なセクションでは机と机の間にすべて仕切りが。作画部では作画監督、キャラクターデザイン、原画、動画チェック、動画と役割がわかれており、50人のアニメーターが働いている。
どのアニメ制作会社でも、アニメーター歴ゼロで入社した場合のほとんどは、原画(動きの要となる部分の絵)を清書し、さらに原画と原画の間に入る絵を描く“動画”という作業を最初に担当することになるそう。
今回は鶴房さんに、「ミュークルドリーミー みっくす!」に登場する赤ちゃん猫のぬいぐるみ・ちあの原画をトレスしてもらうことになりました。作業に関してアドバイスしてくださるのは、動画歴8年の内藤玲さんと松﨑紗弥子さん。上から鉛筆でなぞるだけと思いきや、これが意外と難しいようで……。
ちあは元気いっぱいな女の子。抱っこしてもらうのが大好き。
内藤玲 まずは原画をタップ(紙がずれないように留める、文鎮のような道具)にセットして、その上から真っ白の作画用紙を重ねます。トレス台の電気をつけると、下からの明かりで原画が透けて見えるようになりますよね。これでトレスができるようになります。
鶴房 おお。このタップもめっちゃ便利ですね。普段でも使えそう。
内藤 ポイントとしては、今自分は何を描いているか考えながら作業すること。目だったらこれは目、手だったらこれは手だと意識すると、変に角ばったりせずに柔らかい線が描けるかなと思います。
鶴房 想像力ですね。
内藤 そう、気持ちがけっこう大事になってきます。あとはキャラクターの愛らしさを表現しようという意識ですね。
鶴房 わかりました。一発目いくの怖いなー。
まずは頭のリボンから描き始めました。もともと絵を描くことはお好きな鶴房さん。松﨑さんいわく“鉛筆持ち慣れ”しているそうで、筆運びもほとんど迷いなく進めていきます。
リボンと輪郭を描き終わり、次は目に移りました。内藤さんが言うには、目は表情の印象を大きく変えてしまう重要なパーツ。鶴房さん、満足のいく線にならないのか何度も何度も描き直します。
鶴房 あかん、目が一番難しい! ちょっと後で修正します。
後半になってくるとさらに作業に慣れてきたようで、リボンの水玉模様を手早くなぞっていきました。
ラストは青の鉛筆に持ち替え、仕上部が行う色トレス(線画と塗り部分の境目が馴染むよう、線画の色を完全な黒ではなく塗り部分と同じ色にする技法のこと)の前準備に。指示線を引き終わったら、作画用紙を裏返しにして色トレスしてもらう部分を塗りつぶしていきます。最初だけ間違って表側を少し塗ってしまいましたが、そこはご愛嬌です。
この原画をトレスするとしたら、プロの内藤さんと松﨑さんでも30分はかかるそう。初心者の鶴房さんだと1時間ほどかかるのではと見込んでいましたが、約40分経ったところで……。
鶴房 できました。
内藤 早い!
松﨑紗弥子 線の濃さが均一ですね。かすれているところがあると、次の仕上部に回したときにうまくスキャンできなくてNGになってしまうんですよ。初めて描いたとは思えないぐらい、とてもいい線が引けてると思います。
鶴房 めちゃめちゃ楽しかったけど、予想以上に難しかったです。ゆっくり描くと線がガタガタなって汚くなるし、勢いよく描いても線の雰囲気が変わってきてしまうし。しかも消しゴムかけたところからまた描き始めるとき、そこからきれいに線をつなげたいのにちょっとズレてしまうのが難しいなって思いました。
左が鶴房汐恩がトレスしたカット、右が作画部のスタッフがお手本としてトレスしたカット。
内藤 ズレないようにするには慣れが必要なんでしょうがないですね。それでもこのスピードで描けるのはすごいことですよ。
松﨑 そうですよね。あと2~3日研修したら、動画の新人テスト通っちゃいそう(笑)。
鶴房 おふたりも動画をされていて、うまくいかないなって思うことってありますか?
内藤 もちろんです。いまだに自分の線画に満足できていないですし、上手な原画さんが描かれているものをトレスすればするほど落ち込んでしまいます。
松﨑 原画さんの線のまま描きたいのに、その域に達せてないなと悔しくなりますよね。私もまだまだ日々修行です。
鶴房さんの作業風景を一部動画でどうぞ!
動画の作業中、机にずっと置かれていたカット袋(原画や動画などの素材を入れて運ぶための袋)。テレビ番組のロケで学んだそうで、鶴房さんはカット袋に書かれた数字の意味を得意げに教えてくれました。このカット袋の場合は、第15話の251番目にくるカットということを表すそうです。
作画監督からの修正指示が入ったカット袋も見せてもらい、鶴房さんは「パカ(線が抜けていたり、色が塗られていなかったりすること)」「パク(キャラクターがセリフを言うシーンなのに口が動いていないこと)」という業界用語を新たに覚えました。
辺りをキョロキョロしていると、鶴房さんが好きなアニメの1つ「下ネタという概念が存在しない退屈な世界」のBlu-rayが目に留まりました。こちらの持ち主は、10月からNHK Eテレで放送されるTVアニメ「舞妓さんちのまかないさん」の監督を担当する鈴木洋平さん。せっかくなので、監督のお仕事をいろいろ伺うことになりました。
鈴木洋平 「下セカ」好きなの? 変わり者だね(笑)。
鶴房 はい、変態なんで。JO1のメンバーにも好きって言ってる子いますよ。
鈴木 それはそれは……。
鶴房 「変猫(変態王子と笑わない猫。)」もありますけど、もしかして作られてたんですか?
鈴木 そうそう、よくご存知で。監督をやってました。
鶴房 マジですか……! 僕、一番好きなんです。アニメ好きって公言してるんで「何の作品が好きですか?」ってよく聞かれるんですけど、100パー「変猫」って言ってるぐらい。
鈴木 おお、うれしいねえ。
鶴房 ふざけてるだけのように見えて、意外としっかりした内容じゃないですか。そこが面白かったです。
鈴木 そうそう。僕も原作の絵柄を最初に見たときは、ただの明るいラブコメディなのかなって思ったんですよ。でも扱っているテーマはよくよく考えるとけっこう重くて。コメディとシリアスのバランスをどうするかは、当時もかなり悩んだ記憶がありますね。しかも実は「変猫」って、僕が監督の仕事をもらった初めての作品で。
鶴房 えっ、そうだったんですか。
鈴木 わけがわからないまま、相当怒られながらやってましたけどね。監督ってこういう仕事をするんだよって特に教えてもらえるわけではないので、基本的には人を見ながら真似して。原作があると言っても、自分の判断次第で作品がどうなるか変わっていきますから責任も重大でした。
鶴房 原作のお話もイチから組み直すんですもんね。小説だとそもそも長いですし、風景とかもわかんないから大変そうやなって思います。
鈴木 小説だとキャラクターの心理描写も細かく書かれてますからね。でもアニメにするとナレーションでただ読むだけになっちゃうから、ほとんど省かなきゃいけないんですよ。「変猫」もアニメにできなかった部分はたくさんありますし、ほかの作品でも原作を読んでみると新たな気付きがあって面白いと思いますよ。
鶴房 そういえばですけど、僕ちょっと前に「ようこそ実力至上主義の教室へ」っていうアニメの続きがどうしても知りたくて原作を大人買いしたんですよ。そしたらマンガと思ってたのに、ページ開いたら小説で(笑)。普段マンガすらあまり読まないんで、小説はもっと無理だって挫折しました。
鈴木 ははは(笑)。
鶴房 でもプロデューサー目指すんだったらそんなこと言ってられないですね。ちなみに監督が普段お仕事されてて、やりやすいプロデューサーってどんなですか?
鈴木 やっぱり指示をしっかり出してくれつつ、意見も聞いてくれる人じゃないですかね。たぶん世の中のイメージと全然違うと思うんですけど、実はプロデューサーって監督より圧倒的に偉いんですよ。だから監督はプロデューサーの言うことに基本逆らわない。なので自分の考えを言いたいときに、それがしやすい関係が作れているといいかなと思います。
鶴房 なるほど。
鈴木 僕もだいたい松倉の方針に従っていますけど、かといってそれが嫌なわけではないんです。松倉のことはプロデューサーとして尊敬していますし、松倉がこの方針でと言うならそれが正しいんだろうなと思っていて。僕はその決められた方針の中で、監督として何ができるかなって考えながらやるのが楽しいんですよね。
鶴房 でも鈴木さん、「変猫」も「下セカ」も監督されたじゃないですか。あんなすごいの作れるんだったら、もうプロデューサーになられたほうがいいと思いますよ。
鈴木 何を言っているんですか(笑)。まあ監督とプロデューサー両方やられる方もたまにいますけど、たぶん性質的に正反対の役職なんですよ。プロデューサーって監督よりさらにいろんな人と話さなきゃいけない仕事だから、コミュニケーションが苦手な僕には絶対務まらない。それに比べて松倉はコミュ力モンスターですから(笑)。だから鶴房くんもこうやってお話している感じだとけっこうプロデューサー向きだと思いますよ。
鶴房 いやあ、僕もそんなに……というか女性とおしゃべりするのが苦手で。だからプロデューサーになったら、周りのスタッフを男性で固めるしかないですね。
作画部の後は仕上部へ。
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